アマチュアがとるべき最適な米国株投資法は「S&P500ETFに投資すること。」である。

これは米国株投資においてほぼ周知の事実である。

かのウォーレン・バフェットも推奨する程であることから、この「S&P500投資法」の信憑性を疑う者は少ないだろう。



しかしS&P500ETFをコア銘柄に据える者はいても、「S&P500投資法」をひたすら実戦し続ける者はほとんどいない。

それはなぜであろうか。




かつての伝統的経済学者は「人間は経済合理性にもとづいて意思決定を行う」と考えてきた。

これは人間が決しておかしなことはしないという前提である。

ただ実際の人々は常に合理的決断をしているわけではなく、往々にして「非合理な意思決定」を行っている。



身体に悪いと分かっていても深酒をし、高カロリーな食べ物を摂取する。

明日に大事なテストがあるのに、徹夜でカラオケに興じる。

負けても負けても、なおギャンブルをやり続ける。



「やらなければよかった」「馬鹿なことをしてしまった。」と後悔することは日常茶飯事だ。

それでも懲りずにまた同じ行動と意志決定を繰り返す。

人はそれを直視できるほど心が強いわけではないので、往々にして「今回だけ。」「今日は特別。」などと言った都合の良い解釈を加えて自己を正当化する。



2017年ノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラー教授の行動経済学に基づけば、人間は経済理論が描く「合理性」から外れた行動をとっていると説明している。

また、ダン・アリエリー教授によれば、人は「予想通りに不合理」だと説いている。

私たちが完璧な理性を持っているという仮定が、経済学にはいりこんでいる。
経済学では、まさにこの「合理性」と呼ばれる基本概念が経済論理や予測や提案の基盤になっているのだ。
しかし、実を言うと私たちは合理性からは程遠い。
もうひとつ、私の考えでは、私たちは不合理なだけでなく、「予想どおりに不合理」だ。
つまり、不合理性はいつも同じように起こり、何度も繰り返される。

ダン・アリエリー著「予想どおりに不合理」

人は感情のある生き物であるから、機械のように合理性だけで行動することはできない。

しかし人は高い知恵と教育によって理性的な人間へと昇華し、高い知能を持った彼らがリーダーとなって人類をより良い方向へ導いていくだろうと心のどこかで思っていた。

もし間違いを犯してもその都度修正し、最終的には合理的判断としてmore betterな行動をとっていると信じていた。



しかしそんなものは幻想なのだ。

それはノーベル経済学賞を取るほどに優秀な人物が集めたデータが証明している。




話を投資に戻す。



「S&P500投資法」とは一種の宗教である。

教義はただ一つ。

S&P500ETFを買い増し続けるだけだ。



当然だが市場は合理的とは限らないし、完全なものでもない。

しかし絶対的な判断基準が株式市場に存在しない以上、人の意思の介入を排除し「市場の力」に身をゆだねることが最も無難で間違いが少ない合理的な投資法だと言える。



しかし、その教えを最後まで信じ切り実戦できる者は少ない。



そう考えれば、この現代において一つの宗教を純粋に信じ抜くことのなんと難しさよ。

メディアやSNSを通して、ありとあらゆる情報や飛び込んでくるなかで一つの教えに帰依し続けるのは並大抵ではない。



宗教にどっぷりはまる人もいるが、そのほとんどは教えを自分の良いように解釈しているだけだ。

教えに背いたとしても「教義の本質からは外れていない。」と自分に言い訳をしている。

そういう人をごまんと見てきた。




そう考えれば、合理的な投資ができる人などいはしないのかもしれない。

既に「S&P500投資法」という比較的無難で合理的な解があるというのに、わざわざその教えに背いて我流の投資法を行うのは不合理と言うほかない。

そこでもやっていることは同じだ。

「私はあえてリスクを取っている。本質的には間違っていない。」

みなそう考え、良いように解釈しなおし、そしてずれた行動を起こす。

自分がバフェットの1000分の1の成功すら収めていないのに、素人が(初心者向けではあるが)バフェットの勧める投資法に背くのは滑稽にすら思える。



世界中にいる自分たちよりはるかに賢い人たちが組織的に資産運用しても成績がS&P500指数を下回る可能性が高いというのに、素人が市場を出し抜くという思い込みを高慢ではないと誰が言えようか。

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」である。



そしてそれは、高配当再投資戦略をとっている私も同じだ。

市場平均に負ける可能性を理解した上で投資を楽しむのであれば話は別だが、自分の戦略に市場平均を上回るかもしれないという期待と根拠ない自信が私の中に全くないかと言えば嘘になる。

私も結局、不合理な愚か者にすぎない。




結局、人はみな詰まるところ不合理だ。

本人はおおむね合理的に判断しているつもりなのだろう。

的から外れることはあっても何かと理由を付けて正当化し、合理的な判断の結果、現在の自分が正しい意思決定をしていると思い込みがちだ。



しかし人はその合理的判断の連続の結果、不合理な結末を迎えがちだ。

心理学で言う「囚人のジレンマ」よろしく、本人は理知的で合理的な判断を下したつもりが、こと集団として見た途端、最悪の結末を迎えることも少なくない。

そして人はその事実に気付かない、もしくは気付いても受け入れることはできないのだ。

人は愚かな自分を受け入れられる程に強くはない。

人間の“意思決定の誤り”を強調する研究論文を読むと、人類はただのバカだという結論に至りがちです。
私はそれには賛成できません。

※フォーブスジャパン9月号



世の中に合理的な人などいはしないのかもしれない。

そして合理的な組織も社会もありはしないのかもしれない。

「投資の世界も、現実世界も、世の中には不合理が溢れているんだな。どうしようもないな。」



ということを、いつまでたっても経営立て直しのできない会社の体制や、面倒な仕事を他人に押し付けあう職場の人間関係を見てふとむなしくなった

そんな秋の一日であった。

むねやんむねやん

今回は職場の愚痴になってしまったことをお詫び致します。


はるやんはるやん

ま、腐らずやっていこうぜ。

Ate breve! Obrigado!



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